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きずなカフェでは、医療関連や法律関連を始めとした、様々なお役立ち情報を配信しております。
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イタリアの単身者事情

フィレンツェ大学教授 在イタリア 鷺山郁子

 イタリアの家族、と言ったらどういったイメージが浮かぶだろうか。テーブルを囲んだ子供達の歓声の中、特大のボールに山盛りのスパゲッティを台所から運んでくるお母さん。すぐフォークを突っ込もうとする子供らをたしなめてざっくり取り分けるお父さん。確かにこういう光景が皆無というわけでもないだろうし、筆者自身、大昔、学生の頃にナポリで見聞したことがある。
 ところが、昨今の現実はかなり違うようだ。イタリア統計局などの調査によると、イタリアでは単身者が飛躍的に増えており、この10年で46%の増加率を記録したとのこと。特に都市部では、ローマで2001年に全体の28%を占めていた単身者世帯が現在では47.5%、ミラノでは32%から52,8%に及んだという結果が出ている。これには、離婚や別居の急増、また結婚年齢の上昇が関わっている。また、高齢化で一人暮らしのお年寄りが増えた事も影響していそうだ。
 こういったシングル達が、その生活に満足しているのかというと、そうではないらしい。結婚しないのは、長引く不況の影響で、経済的安定が得られないためで、実際、15−24歳では35,2%、25−34歳でも25,9%に職がないという数値はまことに深刻である。学位などに関わりなく、若者にとって安定した仕事に就くのがいかに難しいかは「卒業の日は学士様、翌日からは失業者」という笑えない警句にも明らかだ。
 当然、出生率は下がる。2015年、イタリアで生まれた子供の数は居住者1000人あたり8人、女性一人あたりでは1,37人で、ヨーロッパ連合中、最下位を記録している。

 少子高齢化問題には、相乗効果がある。お年寄りの介護は、イタリアでも家族がするのが基本だが、一人っ子だらけの昨今、昔のように兄弟姉妹が交替でその任に当たるという便宜はない。安定した職が見つからなければ年金の積立も遅れるわけで、まともな金額を貰えるようになるまで、めいっぱい働かなければならず、介護に宛てる時間的余裕もない。はたまた、息子、娘がいい歳になるまで失業者では、そちらの面倒も見なければならない。まっとうな職がないということが社会的人格形成に歯止めをかけて、いつまでたっても親に依存する若者が増える傾向にある。
 こういった負担は、概ね女性にかかって来る。親と子、双方の世話に忙殺される女性は、筆者の知人、友人にもかなりいる。そのうちの一人は、認知症の母親を最後まで看取ったが、自分自身は、行く先、子供の世話になれるとは思っていない。息子にはっきり、一人で暮らせなくなったら施設へ行ってくれと言われたし、その覚悟でいるそうだ。
 とはいえ、親を施設に預けることに抵抗を感じる人も、まだ大勢いる。その場合は、バダンテと呼ばれる付添人を雇う。主に旧東欧圏や東南アジアからの移民で、介護の訓練をうけているわけではないので、高齢者を一人にしておかないというだけのことではあるが、行政が行き届かない部分を補うには今の所これしかないようだ。
 冒頭のイメージとはうって変わって、30年前のイタリアではあり得なかった一人前の調理済み冷凍スパゲッティをあたためて、一人寂しくつつくのが、最先端のイタリアなのかも知れない。
イタリアの単身者事情
鷺山郁子・プロフィール 
フィレンツェ大学、日本語学文学教授。1981年からイタリア在住。ナポリ東洋学大学で講師を勤めた後、1987年からフィレンツェ大学に勤務。専攻は日本古典文学、特に平安時代の和歌、物語。『古今和歌集』のイタリア語訳を上梓している。

第13回 「婚活パーティ」参加の意外な目的と効能

ノンフィクション作家・新郷由起

 近年、中高年の婚活市場は活況に沸き、独身者はもとより、途中でパートナーと離別、あるいは死別により単身者となった方の中には、今後の“人生の伴走者”を求めて出会いの場へ繰り出す人が増加傾向にあります。
 何せ、平均寿命が男女とも80歳超となって、統計上では還暦を過ぎてから20年以上を生きる時代に突入しているのです。
 この先も長く続く人生を「趣味や感覚の合う相手と一緒に楽しみたい」とする、前向きな姿勢と意思力はそれだけで若返り効果が得られ、“お相手探し”自体が新しい人生の目標となって、「生きるハリが生まれた」と打ち明ける人も少なくありません。

 そうはいっても「いい年をして婚活など……」と、少しばかり尻込みをしてしまうかもしれませんね。
 でも実際に、筆者が婚活パーティの取材現場で出会った最高齢者は男性で91歳、女性が86歳です。
「いい人が見つかれば言うことないけど、何より、きちんとした格好をして出掛けて、同輩と楽しいひとときを過ごせるのが嬉しい。心が華やぐ」
 同種の発言は大変多く聞かれ、実はこうした目的からサークル感覚で集まりに参加する方も非常に多いのです。

 一口に「婚活」と言っても手段はそれぞれ。
「何が何でもパートナーをゲットしたい!」と意気込む向きは、相応の費用を投じて結婚相談所に登録するのが王道ですが、イベント会社や市区町村主催の熟年パーティや単発イベントでは参加費も低額な分、敷居も低く、気軽にエントリーできる長所があります。

 年を重ねるに連れ、どうしても「楽しい」会合や、お洒落をして外出する頻度も少なくなりがちです。
 熟年の単身男女ばかりが集まる場では、境遇や世代性から共通の話題も多く、ここだけの話、女性の参加者では同性の気の合う人と出会って、たくさんのお友達をつくられる方も目立ちます。
 生きて行く上で「談笑できる相手」はどうしても必要ですし、異性の視線がある場へ身だしなみを整えて出掛けるのは、暮らしに“非日常”を演出して背筋を正す役割も担います。

 パーティではドレスコードがない場合でも、男性はジャケット着用で女性ウケが3割以上増しに。女性は桜色や山吹色など明るい色合いの服や小物の配色で、明朗で健康的な印象に加え、女性らしさをアピールできます。
 なお、いくらハイセンスなデザインでも、男女ともに真っ黒な服装は避けること。人により喪服を連想させてしまうからです。
 また、会によっては役所で交付される「独身証明書」の提示を求められる場合があるので、事前に確認しておくと良いでしょう。
第13回 「婚活パーティ」参加の意外な目的と効能

※クリックすると拡大画像がご覧いただけます。

新郷由起・プロフィール

1967年生まれ。元『週刊文春』記者。
高齢者問題に精通し、恋愛・性事情から事件まで幅広く取材・執筆。
高齢者の犯罪や心の闇に迫った『老人たちの裏社会』(宝島社刊)が反響を呼ぶ。
近著に老後の幸福格差を問う『絶望老人』(同前)。

※きずなの会は『老人たちの裏社会』『絶望老人』に取材協力しました。

【第12回】「無縁社会」取材の後に・・・

NHKチーフ・プロデューサー 板垣淑子

 きずなの会を初めて訪れたのは、もう十年前になる。「NHKスペシャル無縁社会」の取材で、頼れる身内がいない人たちが、「自分の死後に迷惑をかけたくない」と納骨や遺品整理の申し込みが相次いでいるという取材だった。その時、きずなの会に紹介を受けたのが石山幸子さん(仮名)だった。
 そして、先日――石山さんの訃報が突然届いた。久しぶりにきずなの会の方々と石山さんのことを語らい、その際にこの原稿を依頼されたので、石山さんとの思い出をつづろうと思う。
「無縁社会」の取材中はもちろんのこと、放送後も何度か石山さんを訪問し、その度に歓待してもらった。
 訪れるたびに、いつも振る舞ってくれたのが「ゆで卵」。一度、「おいしい」と言って、ふたつをペロリと平らげたことを覚えていて、それ以来、いつも「ゆで卵」が用意されていた。帰り際には、お土産といって「ゆで卵と塩」を手渡された。人を喜ばせるのが大好きな、優しい人だった。そして――孤独な人だった。
 石山さんは、満州からの引き揚げ者だった。父親を戦時中に亡くし、母親と妹と帰国した日本では住む家さえなかった。四畳半一間のバラックで三人で暮らし、看護師の資格をとって家計を支えた。妹の進学費用を稼ぐため、白衣以外の洋服も買わずに働いて、妹を高校、短大へと進学させた。その妹が嫁ぐと、病弱な母親を一人で支え続けた。30代の頃、介護と仕事の両立のためにプロポーズをしてくれる男性がいても、結婚に踏み切れない時期を過ごした。40代、母親と同居し、介護を続けた。母親を看取って、一人、残されたのは40代後半だった。
 それから生涯独身を貫く覚悟で生きてきた石山さん。助産師の資格をとり、75歳まで現役で働いた。私が出会った79歳の時にも、背筋がシャンとして、ハキハキとした物言いの女性だった。
 「きずなの会」では、4月に納骨すると話してくれた。数千人が入ることのできる共同墓だ。墓の下見に一緒に訪れた時、石山さんは「これなら亡くなった後は寂しくないわね。」と笑っていた。
 墓を訪れた日、白い雪が舞い散る中で、石山さんと一緒に、先に入った魂に祈った。共同墓の前で石山さんは長い間、手を合わせていた。
 「あの世に行ったら、あの世でも看護師をしたいの。仕事をしていたら寂しくないものね。」
 納骨を終えたら共同墓へお参りに行こうと思う。そのときに、聞いてみたい。
 「あの世では、楽しくしていますか?」
 独り暮らしの高齢者が6百万人を超えて増え続けている。孤独は私たちの隣にあるのに、気づけずにいる。たった一人でもいい、「私が生きている」ことを知ってくれる人がいれば――そんな思いを抱えながら生きている人は大勢いる。その人たちの思いを受け止める一人に自分がなる――その覚悟を持てる人に私はなりたい。
【第12回】「無縁社会」取材の後に・・・
板垣淑子(いたがきよしこ)略歴

1994年NHK入局。報道局制作センター、仙台局、報道局社会番組部などを経て、大型企画開発センター所属。主な担当番組は、NHKスペシャル「ワーキングプア~働いても働いても豊かになれない(2006年)」(ギャラクシー賞大賞)、同「無縁社会~“無縁死”3万2千人の衝撃~」(菊池寛賞)、同「終の住処はどこに 老人漂流社会」(2012年)、などを制作。2015年、放送文化基金賞個人賞を受賞。